「ポートフォリオ」という単語は、金融の世界では預金、債券、株式などの資産の組み合わせを指すなど、複数の意味を持ちます。転職活動においても、エンジニアとクリエイターではその意味合いが微妙に異なります。そこで、本記事では「ポートフォリオ」の解釈を明確化し、それぞれの特徴を解説します。
クリエイター職、例えばWebデザイナーの転職活動においては、ポートフォリオが重要な役割を果たします。「ポートフォリオ」は日本語で「書類入れ」を意味し、クリエイター職では、自身の制作実績をまとめた作品集として認識されています。企業や職種によって多少の差異はありますが、これまで担当した案件を、ビジュアル、タイトル、URLなどを含めて、PDFや紙媒体、あるいはポートフォリオサイトとしてWeb上に公開したものが一般的です。
ポートフォリオには、厳格なフォーマットや定義、記載方法は存在せず、基本的に自由な作成が許されています。Webデザイナーであれば、制作したWebサイトのビジュアル、タイトル、URLなどをまとめたものをポートフォリオとして提出することが一般的です。一方で、フリーランスとして活動するクリエイターは、自身のWebサイトに作品を掲載し、ポートフォリオサイトとして公開しているケースも少なくありません。
WebデザイナーやWebディレクターにとって、ポートフォリオは、採用担当者に対して分かりやすく成果物を提示し、実績を証明するための強力なツールとなります。複数の制作物がある場合は、それぞれの制作物に対して、どのような視点で制作したかを文章で記述することで、忙しい採用担当者も効率的にポートフォリオを確認し、選別できます。
クリエイター職では複数の作品をまとめたものがポートフォリオの基本ですが、エンジニア職では、その扱いや解釈に幅があります。クリエイター職と同様に、複数の成果物をまとめたものをポートフォリオと呼ぶ人もいれば、プログラミングスクールや個人で制作した単体の作品をポートフォリオとする人もいます。そのため、エンジニア職におけるポートフォリオの定義は、必ずしも統一されていません。
職務経歴書は、職歴、業務内容、スキルなどをまとめた書類です。ポートフォリオとは異なり、転職活動においては、企業から提出を求められることがほとんどです。一般的には、Word形式でA4用紙1~2枚にまとめるのが標準的なフォーマットです。
エンジニアの転職活動では、プライベートでの自己研鑽を明確に示すため、職務経歴書の自己PR欄に、GitHubアカウントやQiita、Zennなどの技術ブログへのリンクを記載することがあります。しかし、プライベートでの活動をポートフォリオとしてまとめることを求められるケースは、クリエイター職と比べて少ないです。
クリエイター職では、ビジュアルの仕上がりや指定されたフォーマットへの対応も評価対象となるため、ポートフォリオは重要な意味を持ちます。一方、エンジニア職では技術力が重視される傾向があり、ポートフォリオとしての体裁は必ずしも求められません。
エンジニアの転職活動においては、ポートフォリオ形式の資料提出は、基本的に必須ではありません。開発経験や技術力を明確に伝えるように職務経歴書を作成し、自己研鑽を行っている場合は、職務経歴書の自己PR欄にそれを記述すれば十分です。
ただし、Webデザイナー寄りのフロントエンドエンジニアの場合や、技術力を特に重視する企業では、ポートフォリオの提出が必要となるケースがあります。そのような場合は、求人票にポートフォリオ提出の要件が明記されていることが多いです。業務外の自己研鑽のアピール方法としては、GitHubの公開アカウントを職務経歴書に記載し、実績やスキルを示す方法が一般的です。GitHubは、ログイン頻度や学習量が可視化されやすく、自己研鑽への意欲が伝わりやすいというメリットがあります。しかし、他のアウトプット方法でも問題ないため、自身のスキルや実績を最も効果的に伝えられる方法を選択することが重要です。
エンジニア転職では、業務経験に加えて、業務外での自己研鑽についても企業側が評価を行うことが一般的です。ポートフォリオ形式でまとめる必要はありませんが、情報収集(インプット)だけでなく、具体的なアウトプットがある方が、説得力のあるアピールが可能です。特に、実務経験のない技術や職種に挑戦する場合は、自己研鑽の度合いを示すアウトプットが重要になります。
プライベートでのアウトプットの例としては、スマホアプリ、Webアプリケーション、Webサイトなどの自主制作物、OSS活動、技術ブログ、技術書執筆(同人誌を含む)、セミナーや勉強会の開催・登壇、ポッドキャストなどが挙げられます。
エンジニアの転職では、基本的には業務経験が重視されます。そのため、同職種への転職の場合、職務経歴書を丁寧に作成し、経験とスキルを効果的に伝えることができれば、特別なアウトプットは必要ないことが多いです。職務経歴書には、実績、スキル、参画したプロジェクトの規模、プロジェクト内での役割などを詳細に記述しましょう。
ただし、自己研鑽とそのアウトプットについては、経験者・未経験者に関わらず、面接でよく質問されるため、依然として重要です。
別職種への転職では、何らかのアウトプットがあると望ましいです。転職先で必要となるスキルをどの程度習得しているか、入社後も主体的に仕事を進められるだけの意欲があるかを示す必要があります。
職務経歴書でエンジニアとしての基礎は伝えられますが、新しいスキルの習熟度や意欲を伝えるのは困難なため、アウトプットを用意しておくことをお勧めします。また、「なぜその仕事を辞めて別職種への転職を希望するのか」「現在の知識が希望する職種にどのように役立つのか」などを明確に伝えられるようなアウトプットに仕上げることが重要です。別職種への転職は、個々の状況によって難易度が大きく異なります。例えば、業務系アプリケーション開発経験者がPHPを用いたサーバーサイド開発を行うWebエンジニアの求人に応募する場合、これまでの開発言語がJavaかVB.netかで、スキルのギャップの大きさが変わってきます。前者であれば、業務外の特別な自己研鑽がなくても選考が進むケースもありますが、後者であればギャップが大きいため、自己研鑽の重要性が高まります。
未経験者がエンジニアへの転職を目指す場合、アウトプットの重要性は、経験者よりもさらに高まります。未経験者では、プログラミングスキルなどを判断できる材料が少ないため、自己学習で作成したアプリなどを提出してアピールすることが大切です。未経験者の中には、インプットに偏りがちなケースが多いので、アウトプットの存在自体が書類選考通過率向上に繋がる傾向があります。
未経験者の場合、経験者から見て質の高い制作物を完成させるのは難しいですが、周囲のエンジニアに相談しながら制作を進めたり、プログラミングスクールに通ったりすることで、制作物の完成度を高める努力をすることが重要です。また、単なるサンプルコードの写経ではなく、実際に動作するものを提示することが求められます。動作する制作物であっても、「なぜその動作にしたのか」「どのように工夫したのか」など、自身の努力や工夫を説明できることが重要です。
エンジニア未経験者で、自己研鑽からアウトプットまで繋げている人の割合は高くないため、自己研鑽を示せるアウトプットがあるだけでも価値がありますが、その評価基準は企業や担当者によって異なります。人事担当者が書類選考や一次面接を行う場合は、アウトプットの存在によって自己研鑽の姿勢が伝わりますが、技術力はあまり深く掘り下げられないことが多いです。
エンジニアが選考を行う場合でも、GitHubからソースコードを確認するケースもあれば、選考が進むにつれて、職務経歴書やプライベートでのアウトプットよりも面接での人柄を重視するケースもあります。
様々な状況が考えられますが、ここでは、プライベートでの自主制作物を提出した場合の、採用担当者の評価ポイントの例をいくつか紹介します。
企業は、転職者が提出した制作物を通して、自己学習や資格取得によって得たスキルを評価します。プライベートで学習した知識やスキルが、そのまま実務で活かせることは少ないため、実務経験と同等の評価はされにくいものの、応募する求人の言語やフレームワークとマッチしており、スキルの高さが伝わるようなアウトプットの方がより良い評価に繋がります。
制作物から感じられる開発に対する熱意や工夫点も評価対象となります。制作物にオリジナリティやこだわりが見られるか、自己満足にとどまらず、トレンドやターゲット層を考慮しているか、制作物から垣間見える価値観が企業の価値観と合致しているかなどが評価されます。
制作物の質だけでなく、制作過程で苦労した点や重視した点を示すことが、好ましい評価につながります。苦労した点をどのように克服したのかも説明できるように準備しておきましょう。制作物提出後の面接で、「どのような点にこだわって制作しましたか?」など、詳細な質問を受ける可能性があるため、的確に回答できるよう準備することが重要です。
制作過程で得たスキルも、評価対象となる可能性があります。「ここは制作に苦労したものの、おかげで〇〇のスキルを得られた」というように、苦労した点と併せて、制作を通して得られたものを示すことが重要です。さらに、そのスキルや経験が実際の業務でどのように役立つのかも具体的に説明できることが望ましいです。
dodaを利用した方の具体的な自己研鑽とアウトプットの事例を紹介します。
キャリアアドバイザーによるポイント:異職種からエンジニアにキャリアチェンジした方で、エンジニアとしての経験は1年程度でした。経験の浅さを理解した上で、市場価値を高めたいという強い意志を持ち、技術トレンドを踏まえつつ、今後取り組みたい技術を日々試行錯誤していました。そして、うまくいかなかった点や振り返りなどを含めて、自身のブログにこまめに投稿していた点が強みです。自走できる姿勢がうかがえ、スキルのギャップがあってもすぐにキャッチアップできることをアピールでき、採用担当者への推薦もしやすかったです。技術だけでなく、投稿内容から技術への考え方や人柄も伝わってくるため、企業文化に合う場合は、より好印象を与えやすくなります。
キャリアアドバイザーによるポイント:転職前の勤務先では上流工程が多く、開発に携わる機会が少ないことに悩んでいました。エンジニアとしてのキャリアを築く上で開発スキルを磨きたいという思いと、将来的にtoC向けのサービスを手掛けたいという思いから、書籍やオンライン学習などでインプットを行い、実務経験の不足を補うためにプライベートでの自己研鑽に励んでいました。そして、学んだ技術のアウトプットとしてtoC向けのスマホアプリを作成し、ストアに公開しました。実際のユーザーからも一定の好評を得ており、実績としても申し分ありません。転職活動のために、いきなりこれだけのアウトプットを出すのは難しいですが、日常的にキャリアについて考え、少しずつ自己研鑽を積んでいくことで、転職活動を行う際の選択肢が広がります。
エンジニア転職では、ポートフォリオのフォーマットにこだわる必要はありません。しかし、自己研鑽に関する質問は面接でよく聞かれるため、自己研鑽を行い、アウトプットまで繋げることは非常に価値があります。特に、現在のスキルや経験と応募する求人とのギャップが大きいほど、その必要性は高まります。また、すぐに転職を考えていなくても、エンジニアのキャリア形成に役立つことが多いでしょう。